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青森地方裁判所 昭和34年(行)11号 判決 1961年8月31日

原告 野呂忠徳

被告 木造町長

主文

原告の第一次的請求に係る「原告が木造町農業委員会の職員たる身分を保持することの確認を求める訴」はこれを却下する。

原告のその余の第一次的請求及び第二次的請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、第一次的請求として、「被告が、昭和三四年六月一九日付をもつて木造町事務吏員たる原告を免職した処分の無効であることを確認する。原告が現に木造町農業委員会の職員たる身分を保持することを確認する。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、第二次的請求として、「被告が、原告を免職した右処分を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、

第一次的請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、昭和三三年四月五日木造町町長事務部局の臨時雇として採用され、更に、同年一〇月五日任用期間を昭和三四年三月三一日まで更新されたが、昭和三四年三月三一日木造町町長事務部局の事務吏員として本採用となり、同日被告町長より木造町農業委員会に出向を命ぜられ、農業委員会所属職員となり、同年四月一日右農業委員会より農業委員会書記を命ぜられたものである。

二、しかるに、被告町長は、昭和三四年六月一九日原告が事務吏員採用後六月の期間を経過せず、条件附採用期間中であるから、任意に任免できるとして原告を免職処分(以下本件免職処分と称する。)に付し、原告に対し、その辞令を交付した。

三、しかしながら、本件免職処分は、次の理由により無効である。すなわち、

1  農業委員会等に関する法律第二〇条の規定によれば、農業委員会の職員は、農業委員会が任免権を有し、被告町長にはその権限を有しない。従つて、被告町長の本件免職処分は、農業委員会の職員たる身分を有する原告に対しなされたものであるから、その権限を逸脱し、無効である。

2  原告は、昭和三三年四月五日木造町臨時雇として採用と同時に木造町役場柴田出張所に配属され、農政事務を担当し、又同年一二月二〇日から前記原告が本採用になつた昭和三四年三月三一日まで木造町農業委員会職員として同委員会の事務を担当し、名は臨時雇であるが、実質は恒常的職務に従事する事務職員であつたのであるから、原告が、臨時雇として右恒常的事務に従事していた右期間は、条件附採用期間に通算すべきものである。しからば、原告は、本件免職処分時には、条件附採用の身分にあつたものでなく、正式に採用された職員と同様地方公務員法第二七条、第二八条に規定する保障を受くべき身分を有していたのである。従つて、本件免職処分は、右法規に違反し無効である。

3  仮に、被告町長が原告に対する任免の権限を有し、かつ原告が条件附採用期間中のものであるとしても、原告は、条件附採用期間中模範的な成績で勤務していたのであり、このことは、木造町農業委員会において認めるところである。本件免職処分は、被告町長の不純な動機に基因し、解雇権の濫用で無効である。すなわち、木造町長選挙が、昭和三四年四月三〇日執行され、右選挙には、前町長成田幸男、現町長伊藤藤吉が立候補し、しのぎを削つて争い、伊藤藤吉候補の運動員らが一部木造町職員の父兄又はその知友に対し、「若し、お前達が伊藤を支持せず、成田を推すならば、伊藤が当選した場合、お前の子弟は首だぞ。」とおびやかしていた事実があり、成田幸男を応援していた原告の兄野呂輝益も右警告を受けていたが、伊藤候補が右選挙に当選し、その警告通り、原告を本件免職処分に付したのである。しかし、原告は、兄輝益の選挙活動に関与するところがなく、又、木造町職員として選挙活動は何らしなかつたのであるが、被告は、兄輝益の選挙活動を根にもつて、本件免職処分の如き暴挙に出たのであつて、余りにも前時代的暴挙の行為であり、到底許さるべきではない。

四、よつて、原告は、被告に対し、本件免職処分の無効確認及び原告の身分確認を求めるため本訴請求に及ぶ。

と、このように述べ、

次に、第二次的請求の原因として、「仮に、本件免職処分が無効でないとしても、前記本件免職処分に存するかしは、取消の原因となるものであるから、第二次的に本件処分の取消を求める。」と述べ、

被告の主張事実を否認し、「仮に、出向が被告主張のとおり地方自治法第一八〇条の三の「従事させる」に、あるいはその他のいずれかに該当するとしても、右法条によれば、町長は、当該他部局と協議し、右行為をなすべきことが明規されているから、その解除行為たる出向を解くについても、当該他部局と協議してこれを行うべきであつて、町長の専断でその出向を解くことをなし得ないことが明らかである。しかるに、被告町長は、原告の出向を解くについて、農業委員会と協議せず、専断でこれを解き、原告を免職処分に付したのである。従つて、被告町長のした本件免職処分の違法、無効たることに消長はない。」と述べた。

(証拠省略)

被告訴訟代理人は、主文同趣旨の判決を求め、答弁として、次のように述べた。

一、請求原因第一項の事実中、原告が昭和三三年四月五日木造町町長事務部局の臨時雇として採用され、更に、同年一〇月五日任用期間を昭和三四年三月三一日まで更新されたことは認めるが、その余の事実は否認する。なお、原告は、昭和三四年四月一日木造町町長事務部局の事務吏員として採用され同日地方自治法第一八〇条の三の規定に基き農業委員会に出向を命ぜられたものである。

二、同第二項の事実はこれを認める。

三、同第三項の事実中2の原告が木造町役場柴田出張所に配属され、農政事務を担当したこと及び原告主張の日から農業委員会の事務を担当したことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。被告のした本件免職処分は、何ら無効、違法ではない。

被告町長が原告を農業委員会に出向を命じたのは、地方自治法第一八〇条の三によるもので、同条の「当該執行機関の事務に従事させる」に該当するから、原告は、依然として町長事務部局の事務吏員たる身分を有し、被告町長は、自由に右出向を解く権限を有するものである。

と、述べ、

原告の答弁に対し、更に、次のとおり述べた。

なるほど、地方自治法第一八〇条の三によると、「当該執行機関の事務に従事させる」については、普通地方公共団体の長が当該委員会又は委員と協議すべきことが規定されているが、これを解くについて、協議すべき規定がないので、いわゆる出向を解くについて、協議がなくともなんら違法ではない。本件については、当時農業委員会が適法に構成きれていなかつたので、協議をすることができなかつた。仮に、出向を解くについて、協議が必要であるとしても、原告の後任者の出向については異議がなかつたのであるから、前任者たる原告の出向を解くについても異議がなかつたものとみなすべきで、協議を経たと同一の効果を認めるべきである。そして、原告が当時前記のとおり条件附採用期間にあつたのであるから、被告において、自由裁量により免職できたことはいうまでもない。

と、述べた。

(証拠省略)

理由

先ず、原告の被告に対する「原告が木造町農業委員会の職員たる身分を保持することの確認を求める訴」について、案ずるに、原告の右訴は、公法上の身分関係の確認を求めるものであつて、行政処分の取消ないしはこれに準ずべき行政処分の無効確認を求めるものではないから、行政庁たる被告は、当事者適格を有せず、原告の右訴は、不適法として却下を免れない。

原告が昭和三三年四月五日木造町町長事務部局の臨時雇として採用され、木造町役場柴田出張所勤務を命ぜられ、農政の事務を担当し、同年一二月二〇日以降木造町農業委員会の事務に従事し、同年一〇月五日任用期間を昭和三四年三月三一日まで更新されたこと、被告町長が昭和三四年六月一九日原告が事務吏員として採用後六月の期間を経過せず、条件附採用期間中であるから、任意に任免できるとして原告を免職処分に付し、原告に対し、その辞令を交付したことは、当事者間に争いがない。

そこで、原告は、本件免職処分は任免権を逸脱し無効である旨を主張するので、この点について、検討する。

原告本人尋問の結果により成立を認められる甲第一ないし第三号証、証人笹森新七の証言によつて成立を認められる乙第一号証の一ないし八、及び原告本人尋問の結果を総合すれば、原告が前記の如く、木造町町長事務部局の臨時雇として採用され、木造町役場柴田出張所勤務を命ぜられた後、同年一二月二〇日被告町長より木造町農業委員会に出向を命ぜられ、同日同農業委員会より農業委員会職員に任命する者の辞令を交付されたこと及び昭和三四年四月一日被告町長より右出向を解かれ、同日前記の如く、木造町町長事務部局の事務吏員に採用され、書記・行政職三等級・二号給を給する旨を命ぜられ、更に同日付で右農業委員会に出向を命ぜられ、同日右農業委員会より農業委員会書記に任命する旨の辞令を交付されたこと、ところが、同年六月一九日被告町長より右出向を解かれ、同日付で本件免職処分に付されたものであることを認めることができる。ところで、出向については、地方自治法、地方公務員法には直接規定するところがなく、原告は、出向によつて、町長事務部局職員たる身分を失つたものであると主張し、被告は、地方自治法第一八〇条の三によつて、出向を命じたので、被告町長は原告に対し、任免権を有するものであると主張するから、右第一八〇条の三の規定をみると、同条は、普通地方公共団体の長がその補助職員をもつて、当該普通地方公共団体の執行機関たる委員会の補助職員に融通し得ることについて規定し、同条がその方式として規定するところは、普通地方公共団体の長がその補助職員を当該普通地方公共団体の執行機関たる委員会の補助職員と「兼ねさせる」方法と、右委員会の補助職員に「充てる」方法と、右委員会の「事務に従事させる」方法とであるが、ここに右「兼ねさせる」とは、当該吏員その他の職員に対し、委員会が兼務を命ずる行為を具体的に行うことをいい、「充てる」とは委員会の補助職員の組織を定める条例、規則又は規程等によつて、当該委員会の補助職員には、長の補助機関たる吏員その他の職員をもつて充てる旨の規定をし、長が特定の職員に対し、当該委員会の事務を行うよう職務命令をすれば、当該職員は、当該委員会の事務を補助する職員に充てられたことになり、「事務に従事させる」とは、当該吏員その他の職員に対し、委員会の事務に従事すべき旨の職務命令を発するものと解すべきであり、このことは行政実務上においても、一般に認められているところである。そこで、進んで、本件出向が右のいずれか、その他に該当するものであるか、どうかについて、案ずるに、成立に争いのない甲第四号証、乙第六号証の一ないし三、第七号証の一、二、証人笹森新七の証言によつて成立を認められる乙第三号証及び証人高橋粕太郎、成田長之助、成田幸吉、菊地善吉、笹森新七の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、木造町においては、町長以外の他の執行機関においては、その補助職員を独自で任免しないことを申し合わせ、木造町農業委員会の事務部局の職員は、昭和三一年一一月一日より町長事務部局の職員をして兼務させることにし、従前の農業委員会の事務部局の職員は、同日付にて農業委員会に辞職届を提出し、同日農業委員会より解任され、同日付にて被告町長より町長事務部局の職員として任命され、同日農業委員会に出向という発令形式で被告町長から出向を命ずる旨の辞令の交付を受け、農業委員会の補助職員と兼務し、農業委員会は、その出向職員に対し農業委員会における事務を兼務させる趣旨にて辞令を交付していたこと及び木造町においては、一般に、町長事務部局の職員が同町の執行機関たる委員会に出向を命ぜられても、依然として右部局の職員たる身分を失わず、右身分のまま当該執行機関の職務に従事することになつており、委員会においても、右兼務の趣旨の下に、あらかじめ協議を経たと否とにかかわらず、町長が出向を命じ、又はこれを解くことに異議なくこれを承認し町長事務部局の職員の融通に応じて来たことを認めることができる。右認定の木造町における出向についての取扱によれば職員の融通方式として行われた本件木造町における出向とは「兼ねさせる」趣旨で行われたものと解するのが相当である。

従つて、原告は、農業委員会に出向を命ぜられても、町長事務部局の職員たる身分を有するものであるから、被告町長には原告に対する任免権があつたものというべきであり、又委員会が兼務を免ずる手続をとるのを、被告町長が右委員会と協議して、右兼務を免ずる趣旨において、被告町長が出向を解くとする発令形式をとることも違法であると断定することもできないから、(その妥当が、どうかは別として)、原告の右主張は理由がない。

原告は、被告町長の原告を農業委員会に出向を命ずる処分が地方自治法第一八〇条の三に規定するいずれかの行為に該当するとしても、被告町長は、原告の出向を解く処分をするについて、農業委員会と協議せず、専断でこれを解く処分をしたのであるから、本件免職処分は、右規定に違反し違法である旨主張するので検討する。

被告町長が昭和三四年四月一日原告を農業委員会に出向を命じた処分が地方自治法第一八〇条の三に規定する、いわゆる「兼ねさせる」に該当するものであることは前判示の通りであり、被告町長が本件免職処分をする前提として原告の出向を解くについて、農業委員会と協議しなかつたことは、被告の自陳するところであるが、証人高橋粕太郎、成田長之助、成田幸吉、笹森新七の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、木造町においては、前記出向についての申合わせ以来、他の機関たる委員会との間に、協議を経たと否とにかかわらず、異議なく、町長がその補助職員に出向を命じ、又出向を解いて来たのであつて、既に、一般的に協議が成立していたものといい得べく、又たとい右出向を解く際、協議を経なかつたとしても、被告町長が原告に対し、本件出向を解き、原告に代え他の者に出向を命じたのであるが、農業委員会においては、これについては全く異議なく、これに従い、了承したことが認められるから、右かしは当時既に治ゆされたものというべく、右出向を解いたことについて、これを無効、違法たらしめる原因とはならないものと解すべきである。

次に、原告は、臨時雇として恒常的職務に従事していた期間は、条件附採用期間に通算すべきものであるから、地方公務員法第二七条、第二八条に規定する保障を受くべき身分を有していたのに、これを無視した被告町長の本件免職処分は無効である旨主張するので、この点につき検討する。

条件附任用は、地方公務員として新たに採用された者について、その職務の執行能力を有するか否かを条件附任用期間において、判定しようとする制度であつて、その期間中の職員は、正式採用の選択過程にある者である。条件附任用公務員が、その採用前に当該行政庁に臨時的任用されて恒常的職務に従事していたことがあつたとしても、臨時的任用と条件附採用とは、段階的任用過程ではなく、臨時的任用は、災害、非常事変等に際し、あるいは臨時の職に関する場合等に短い任期を限つて任用するのであつて、臨時職員は、正式採用の選択過程にあるものでないから、その任用につきいかなる優先権をも有するものではない。

従つて、原告が条件附任用される以前に臨時雇として恒常的職務に従事したとしても、その期間を条件附採用期間に通算すべき事由とはなりえないから、原告の右主張は理由がなく採用し難い。

次に、原告は、本件免職処分は不純なる動機に基因し免職権の濫用で無効であると主張するので、この点について判断する。

証人野呂輝益、原告本人は、木造町長選挙が昭和三四年の春ごろ執行され、その選挙には、成田幸男と伊藤藤吉が立候補し右選挙において、原告の兄輝益が成田候補を応援していたところ、木造町町会議員から伊藤候補を支持しなければ、伊藤候補が当選した場合原告が免職の対象になる旨云われたことがあつたと供述するのであるが、仮に、右議員が右選挙運動期間中に右のようなことを云つたとすれば、公明選挙を害し、脅迫的言動であるが、同人には、原告に対する任免権等を有しないこと明らかであり、被告町長が右のような脅迫的言動を教さしたとは即断し難く、右供述をもつて、本件免職処分が原告主張の如き被告町長の不純な動機に基因したものと積極的に認めるに足る証拠とするには十分でなく、その他右事実を認めるに足りる証拠はない。従つて原告の右主張は採用し難い。

そして、その他の主張、立証を検討しても、被告町長のした本件免職処分が公正を欠くと認めるに足りる証拠はない。

以上述べた通り、本件免職処分当時、原告は、まだ条件附採用期間中にあつたのであり、被告のした本件免職処分が原告主張の理由により無効ないし違法であるとは到底認めることができない。

よつて、原告の農業委員会の職員たる身分を保持することの確認を求める訴は、不適法として却下すべく、原告のその余の請求は、すべて理由がなく失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野村喜芳 福田健次 谷口茂高)

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